メルクマニュアル家庭版, 166 章 低血糖
低血糖とは、血糖(ブドウ糖)値が異常に低くなる状態です。
正常ならば、体は約70〜110mg/dLの範囲内に血糖値を維持します。低血糖では、血糖値がこれよりかなり低くなります。糖尿病では、血糖値が高くなりすぎて高血糖になります。糖尿病は血糖値が高いのが特徴ですが、糖尿病の人の多くは、ときおり、低血糖を経験します。低血糖は糖尿病でない人にはめったに起こりません。
血糖値が低いと多くの器官の機能が妨げられます。脳は糖を主なエネルギー源とするため、低血糖に特に敏感に反応します。血糖値が通常の範囲を超えて大幅に低下すると、脳がこれに反応し、副腎を刺激してエピネフリン(アドレナリン)を、膵臓を刺激してグルカゴンを、下垂体を刺激して成長ホルモンをそれぞれ放出し、これらのホルモンがすべて肝臓から血液に糖を放出させます。
原因
薬物: 低血糖のほとんどは、糖尿病の人が血糖値を下げるために使用するインスリンや他の薬(スルホニル尿素薬など)が原因で起こります。インスリンの使用後に生じる低血糖を、「インスリン反応」あるいは「ふらつき」と呼びます。インスリン反応は血糖値をできるだけ正常値近く に維持しようと懸命に努力しているときによくみられます。体重が減っている、あるいは腎不全の人は低血糖になりやすい傾向があります。高齢者は若年者に比べてスルホニル尿素薬の使用で低血糖になりやすい傾向があります。
糖尿病の薬を服用後、普段より食べる量が少なかったり運動量が多かった場合、薬の作用で血糖値が低くなりすぎることがあります。糖尿病歴が長く重症の人が特に低血糖になりやすいのは、グルカゴンやエピネフリンを十分につくれないからです。グルカゴンとエピネフリンの放出量が少なすぎて、血糖値が下がるのを防ぐことができません。
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糖尿病以外の薬で最も注目されているエイズに関連する肺炎を治療するペンタミジンや、筋肉けいれん治療薬のキニーネは、低血糖を引き起こすおそれがあります。
ときにはミュンヒハウゼン症候群の人が、他人の注意を引くために隠れてインスリンなどの薬を使用し、異常な薬剤性の低血糖を引き起こす場合があります(仮病で注意を引くミュンヒハウゼン症候群を参照)。
空腹: 空腹時低血糖では、食事なしで時間がたつと適度な血糖値を維持できなくなります。健康な人なら長時間の空腹や長時間の激しい運動を行っても、絶食後でさえ低血糖を起こすことはなさそうですが、ときにはそのようなことが起こります。
空腹による低血糖を起こすいくつかの病気や条件があります。何も食べずに大量のアルコールを摂取すると、アルコールが肝臓に蓄えられている糖の放出を妨げます。ウイルス性肝炎、肝硬変、あるいは肝臓癌(かんぞうがん)などの肝臓疾患をもつ人は、肝臓に糖を十分に蓄えられません。糖消費を制御する酵素系に異常がある乳児や小児は空腹時低血糖になります。
食事への反応: 食事への反応として、通常、炭水化物の摂取による反応として低血糖が起きます。これは体が食べものに対して過剰に反応して、必要以上のインスリンがつくられるためです。
胃の部分切除など特定の胃の手術後では、糖が非常に速く吸収されてインスリンをつくらせる刺激が過剰になります。糖類(果糖やガラクトース)やアミノ酸(ロイシン)を消化するときに起こる問題も反応性の低血糖の原因になります。アルコールと糖を組み合わせた飲みもの(たとえばジントニック)を飲んだときも、多くはありませんが反応性低血糖を起こします。
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その他の原因: 低血糖の中には、食べものとは関係がなく、絶食や激しい運動が発症のきっかけや悪化の原因になっている場合があります。まれに、膵臓の腫瘍(しゅよう)がインスリンを大量に産生して低血糖を引き起こします。自己免疫疾患によるインスリン分泌の変化、あるいは他の理由で血糖値が低下する人もいます。下垂体や副腎のホルモン産生量が低下する病気(中でも重要なのがアジソン病)は低血糖を起こします。腎不全や心不全、癌、ショック症状といった重篤な病気、特に糖尿病を治療している人は低血糖を起こします。
症状
低血糖の症状は、血糖値が60mg/dLより低くならなければめったに起こりません。血糖値がこれより少し高くても、特に血糖値が急激に低下した場合には症状が現れる人もいますが、この値よりずっと低くなるまで症状が現れない人もいます。
低血糖に対する体の最初の反応は、副腎からエピネフリン(アドレナリン)を放出することです。エピネフリンが蓄えられている糖を放出するよう刺激しますが、同時に不安発作に似た症状をもたらします。それは発汗、神経過敏、ふるえ、失神、動悸、空腹感などです。さらに重度の低血糖になると脳への糖の供給が不足して、めまい、疲労感、脱力、頭痛、集中力の欠如、錯乱、酩酊(めいてい)と間違えられるような不適当な行動、不明瞭な話し方、眼のかすみ、発作、昏睡などが起こります。低血糖状態が長びくと脳が損傷を受けることがあります。症状は徐々にあるいは突然現れ、数分のうちに軽い不快感から重度の錯乱やパニックを起こすことがあります。頻繁に起きるわけではありませんが、糖尿病で血糖値がよ� ��コントロールされている人が低血糖を起こしたときには、自覚症状に気づかずに、また他の低血糖の症状もなく、失神や昏睡に陥ることがあります。
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インスリン産生膵臓腫瘍の人は、1晩絶食した後の早朝、特に朝食前の運動で血液中の糖の蓄えがなくなると症状を起こしやすくなります。腫瘍のある人は、通常、初めはたまに低血糖を起こす程度ですが、年月が経過すると、発症はより頻繁になり症状も重症になります。
診断
糖尿病の人に低血糖の症状が現れた場合には、医師は低血糖を疑います。症状が出ている間に血糖値を測定して、低いとわかれば診断が確定されます。
一方、糖尿病でない健康な人は、症状に基づいて病歴、診察、簡単な検査などで低血糖を診断されます。
最初に血糖値を測定します。典型的な低血糖の症状があり、血糖値が低ければ、特に症状が1回でも明らかに低血糖値と関連して出現していれば、糖尿病でなくても低血糖症の診断が確定されます。糖分を摂取して数分以内に血糖値が上がり、症状が解消すれば、その診断を裏づけることになります。
糖尿病以外の人で症状の出現と血糖値の関係がはっきりしない場合には、さらに検査が必要です。しばしば次のステップとして、入院したり厳密な管理のもとで1晩絶食した後、血糖値測定をします。さらに広範囲の検査も必要です。
ペンタミジン、キニーネなどの薬物の使用が低血糖の原因と考えられる場合は、使用を中止して血糖値を測定し、血糖値が上がるかどうかを確かめます。原因がはっきりしない場合は別の検査が必要です。
インスリン産生腫瘍が疑われる場合は、絶食中(ときには最長72時間に及ぶ)の血中インスリン値の測定が必要です。インスリン値の測定で腫瘍が明らかになれば、治療の前にその位置を確かめます。
治療
低血糖の症状は、キャンデー、ブドウ糖錠剤、果汁のような甘い飲みものをコップ1杯飲むというように、糖分が多いものを摂取することで、数分以内に回復します。ブドウ糖錠剤は速効性があり一定量の糖分を摂取できるため、低血糖を起こす人、特に糖尿病の人は好んで携帯しています。糖尿病でもそうでなくても、低血糖の人は消費した糖分を補うのに、長時間、炭水化物を供給できる食べもの(パンやクラッカーなど)を摂取するのが有効です。低血糖が重症で長びいて、口から糖分を摂取できない場合には、医師は脳の損傷を防ぐために早急にブドウ糖を静脈注射します。
重篤な症状を起こすリスクのある人は、緊急時に備えてグルカゴンを手元に置くとよいでしょう。グルカゴンは肝臓を刺激して大量の糖を放出させます。これは注射で投与され、5〜15分以内に適切な血糖値に回復します。
インスリン産生腫瘍は外科的に除去すべきです。しかし、これらの腫瘍は小さくて位置を見つけにくいため、手術は専門医によって行われます。術前に、腫瘍のインスリン産生を阻害するジアゾキシドのような薬が投与されます。ときには2つ以上の腫瘍が存在し、手術時にすべてが見つからなかった場合は、2度目の手術が必要になることもあります。
糖尿病でなくても低血糖になりやすい人は、食事を通常の3食でとるよりも、少量の食事を何回もとるようにすると低血糖が避けられます。低血糖を起こしやすい人は、医療関係者に自分の状態を知らせるために、医療識別のブレスレットやタグを持ち歩くか身につけるべきです。
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